いなめぐDX振り返り

プロジェクトの始まり

プロジェクトの始まりは、宮司との雑談の中で出たアイデアだった。羽田七福いなりめぐりの各社運営体制の高齢化が進む中、時間に制限のある参拝者にも楽しんでもらいたい。そういったモチベーションから、スタンプラリーのようなものを提供できないか?しかし、「スタンプラリー」と言ってしまうとそこには心理的障壁がある、との懸念があった。そのため、あくまで「しるし」(巡拝の証)を拝受するという表現にこだわって、やれたら面白いねとその場での話題を締めた。

その後、Geminiとの壁打ちを通してアイデアを具現化し、要件定義と簡単なモックを持って提案をする。そして、提案は受け入れられ、開発をスタートした。

サービスインまで

目指したもの

要件定義でプロジェクトの目的に記したのは以下である。

- 参加者の利便性向上:手軽な操作で'しるし'巡拝に参加できる体験を提供する。
- エンゲージメント向上:ゲーム性のある体験を通じて、七福いなりめぐりへの興味関心を高める。特に若年層や普段神社に馴染みのない層、および海外からの訪問者への訴求。
- 運営効率化:物理的な'しるし'カードや押印作業の負担を軽減し、達成確認をシステム化する。
- 現代的な魅力の訴求:伝統的な行事にデジタル要素を取り入れ、幅広い層へのアピールを目指す。

特に、「手軽な操作で『しるし』巡拝に参加できる」部分を重視し、最も腐心した。拝受の手段としてNFCとQRの2通りが考えられるが、手番を減らす(ロック解除して、かざして、リンククリック)ことでNFCを優先で使うことを決めた。

また、ユーザー登録はID管理や個人情報収集をすることからセキュリティ要件も上がるため、初期バージョンでは対応しないことを決めて臨んだ。

当初の予定にはなかったが作ったもの

ポータルサイトである inamegu.net は当初予定になく、要件定義にも見積もりにも入れていなかったが、急遽作ることにした。
理由は、

  • 既存の穴守稲荷神社公式サイト(anamori.jp)とは分けて管理することで、情報発信の鮮度維持、情報が埋もれないようにしたい
  • 開発者である自分からも情報提供、発信できるようにしておきたい
  • いなめぐDXを当初、anamori.jp配下に配置する想定だったが、専用ドメインを取ることになった

というあたりだ。

ポータルサイトは、この fujiba.net と同様にHugo + Bloxで静的サイトを生成し、コンテンツはCloudflare Pagesで配信するようにした。Cloudflare Pagesを使うことで、GitHubへプッシュすれば自動でデプロイされるメリットが得られる。

ただ、情報発信の主体は神社の職員であるため、「Markdownで書いて、GitHubにプッシュすればいいですよ」というわけにはいかない。これを解消するため、新規にOSSとして『tegaru-press』(github.com/fujiba/tegaru-press)を開発した。tegaru-pressは、Google ドキュメントをCMSとして使い、ドキュメントからGAS経由でGitHubへのプッシュを行えるようにしたものである。

実装上の課題

自分は長らくWebフロントエンドの実装からは遠ざかっていたが、数ヶ月ごとに強力になる生成AIの力を借り、ペアプログラミングで実装を進めることができた。フロントの実装やバックエンド、インフラの基本実装は大きくつまずく部分はなかったが、アプリの肝となる拝受の最初のインターフェース部分はかなり苦心した。

QRコードとプライベートブラウズ問題

当初、NFCがない、あるいはうまく読めない場合のフォールバックとしてQRコードを使えるようにする思想はあった。しかし、iOSのQRコードリーダーのようにアプリ内ブラウザ(Webview)で開くようなものでは、「プライベートブラウズ問題」に遭遇する。CookieやLocalStorageの内容をSafariに引き継ぐことができず、しるしを蓄積できない問題があった。

プライベートブラウズを検知できればSafariで開くよう誘導することもできるが、有効な手立てを見つけることができず、QRコードでの拝受は仕様から落とすことにした。しかし、QRコード自体は残し、使い方ガイドを開くようにした。NFCが読み込めない場合や、「QRコードがあればまずかざしてみる」ユーザー特性を活かして、ガイドへの導線を確保する用途として活かすことにした。

金属面へのNFCタグ配置

NFCタグを配置する場所が案内看板の支柱(鉄製)であると決まった時点で、NFCタグの金属面対応をする必要があった。同時に、屋外設置であるため防水加工をする必要もある。これらの課題を解決するため、NFCタグは以下の構造をとった。

内容
表面 ラミネート(PET)
UVカットシート
QRコード、案内印刷面(紙)
NFCタグ
フェライトシート
アクリル板
設置面 柱(鉄)

しかし、フェライトシートにNFCタグを貼った時点でかなり減衰が発生し、感度が落ちてしまっていた。実運用での読み取り難を懸念していたが、これは事実となった。

サービスインしてみて見えたこと

Webサービスは「サービスインしてからが(開発の)本番」と言われるように、いろいろ課題が出てくる。自分も実際に体験しながら、他のユーザーの挙動も観察させてもらった。当初の想定とは異なり、年配の方も含め幅広い方に使ってもらっているのはとても良かった。

旧機種の挙動

iPhone 7/8/XでバックグラウンドNFCタグ読み込みができないというのは、完全に見落としていた。当該機種ではコントロールセンターからNFCタグリーダーを起動する必要があることをTwitterで教えてもらったのだが、これをもっと早くに知っていれば、巡拝中にお見かけした方をサポートすることができたのにと、大変悔やまれる。

履歴が消える問題

「拝受が消える」という声が幾度となく聞かれた。Androidユーザーの方では「Chromeの履歴をたどって再読み込みをしていけば復活した」という話もあり、ブラウザのタブが新規に開かれることで古い状態を参照してしまうケースもあるのかと想定し、手動更新ボタンを設置したが、その他の報告を聞くとどうもそうでもないようだ。

Twitterでの反応などを見ている限り、いくつかの要因があるのではないかと考える。

  • 古いタブを開いてしまった(リロードで回復する)
  • 匿名認証の情報が何らかの理由で消える(新規ユーザー扱いになる)
  • プライベートブラウズになっている(回避不能)

優しい世界

本業だと、往々にしてサービスイン後の障害を出すと激詰めされたり、SNSでフルボッコにされるのが通常だ。ただ、この3日間の反応を見ていると、「バグは仕方ない」という声もあったり、消えたことで意地になってコンプを目指す方もいたりと、これまでにない反応を垣間見ることができて大変救われた。もちろん、これに甘んじることなく、不具合の解消に努めるつもりである。

その他、実際のアクセス状況などの解析は今後進めていく中で、新たな気づきもあると思うが、それらも含め今後の改善に活かしていきたい。

まとめ

今回の「いなめぐDX」プロジェクトは、伝統的な行事にデジタル技術を融合させるという試みであり、技術的な課題や運用上の想定外の事態など、多くの学びがあった。特に、NFCタグの物理的な設置やブラウザの仕様に起因する問題は、デスク上の開発だけでは見えてこない「現場」ならではの難しさだった。

しかし、何より嬉しかったのは、参拝者の方々がこの新しい仕組みを楽しんで受け入れてくれたこと、そしてトラブルに対しても温かい目で見守ってくれたことだ。今後もログ解析やフィードバックをもとに改善を続け、より快適で楽しい巡拝体験を提供できるよう努めていきたい。

このプロジェクトが、神社と参拝者をつなぐ新しい形の「しるし」として定着することを願っている。

Aviation Photographer(航空写真作家) / Programmer

航空写真作家でありプログラマ。鳥取と羽田を拠点に情景的ヒコーキ写真を追求。PENTAXユーザー。阪神が試合してる時はうるさいです。

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